「死」について

Vol.32

友人の親父が死んで、その通夜に出かけました。
79歳、少し早い死でした。
全身に癌が転移していて、入院して1ヶ月も経ちませんでした。

「いい時代を好きに生きたから、本望やわ」
「ウン仕方がないな、順番やから。それで最後は苦しんだ?」
「イヤそうでもない、眠るように死んででいった・・・」
「そうか・・・それはせめてもの慰めやな」
「ウン、それはそうとお前の親父は元気か?」

うちの親父は今年84歳
健康には気を使っているので、当分は大丈夫だと思うのですが・・・
ま、確かではありません、
「死」というものは神の領域で、人の力が及ぶ所ではないのですから。

若い時は「死」を思うと震えが止まらずに眠れなかった事が多々ありました。
この宇宙から自分という存在がなくなることが怖かったのです。
年を取って「死」がけっこう身近に感じられるようになった近頃はさほどでもありません。
元気な親父お袋が「死」に対して、まだフェンスの役割をしているせいもあります。

「死」そのものへの恐怖というより
はたして私は「いい死に方が出来るのか」と言う事のほうが気がかりです。
誰でもが願う事なのですが、誰にもどうしようもない事・・・

「人は生きたように死ぬ・・・私はそう信じたい」
誰の言葉だったかは忘れましたが私もそう思います。
人が「死」を決められない以上、そう生きる事が賢明な事のようです。

葬式の当日、空はさわやかに晴れ上がりました。



 

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