人が変わったように

Viol.66

ある瞬間・・・
それは、体が震えんばかりの感動であったり、胸が張り裂けんばかりの悲しみで
あったり・・・
その瞬間から、人が変わったように、とりつかれたように生きれること、
昨日までの自分をかなぐり捨てて生きれること、
それは、今まで作り上げてきた自分の位置を、全て捨てるを意味しますが。

そういう風に生きた人は、本当に数は少ないですが、まわりにも何人かいます。
その人たちは今をイキイキと生きています。


      


人が変わったように生きれる感動(悲しみも感動の仲間です)とは
一体どんなものなのでしょうか?

悲しみの場合は、つらい話になりそうなのでさておき、

美術館で、クロード・モネの「睡蓮」を見て、動けなくなった時、
サマセット・モームの「月と六ペンス」を読み終えて、涙が止まららなかった時、
「ヤシン」のゴールキーピングを目の当たりにして、ヨシッと誓った時、
私もそれなりに感動を覚え、それなりに努力をしたのですが・・・
人が変わったようには生きれませんでした。


      


人が変わったように生きれる感動って、そこら中に転がっていて、
それをそのように感じれるかどうかは、個人のレベル差。

この年になっても、人が変わったように生きれる感動に出会うため、
日々是、精進ですかね!



 

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